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中学生の僕たちは1999年に世界が終わると信じていて、MMRが流行した。ファミコンが物心ついた頃には浸透していて、女子と男子の間でカルチャーが分裂した。(女子中学生はポケベルを持っていた。男子にはそんなモノは必要はなく、顔をつきあわせて通信ケーブルを使ってポケモンをやった)
神戸の少年A、バスジャックのネオ麦茶、宇多田ヒカル、表と裏、光と影。知らないうちに僕たちの周りにはいろんな評価がついていたが、そう言う外的評価は世間が忘れた頃に、僕たちは認識することになる。
自分たちがどんな世界に生きていたのか、だらだら書こう。
阪和銀行がなくなった。(日本で初めてつぶれた銀行)
料理の鉄人が流行り、セカイ系ライトノベルが始まり(ブギーポップは笑わない等)。アニメの絵柄がlainによって一つ方向付けられ、大流行した。
ハードウェアはまさに宣告時代といった様相で、playstation、nintendo64、セガサターン、32X、3・D・O Real、PC-FX、pipin@等、32bit機の幅は広かった。atari辺りにも何かあった気がする。
PCも酷くその様相を変えていて、CUIからGUIへ急速にシフトし、windows95がバカ売れした。PC-98用のwindowsなど、PC/AT互換は混迷を極め、Cバスなんて言葉蛾いつの間にか消えた。
そんな中学から高校生。出力デヴァイスには大きな変化が求められ、プリンタが異常な速度で進化した。4色インクが当たり前の時代から、気がつくと8色インクなどが出現していた。インクタンク一個1000円計算で、全部交換を4回やったらプリンタが買える、そんな世界が変だと思った(今でも思っている)。デジカメが流行り、外部デバイスの規格について選択肢がいきなり増え、気がつくとUSBで何でも片付くようになっていた。
世界はplaystation2、DreamCastでplayStation2を選び、ディスクメディアが台頭した。
テープデバイスが荒廃し、アナログ規格のほとんどが消滅した。そしてOSも選択肢がほとんど無くなった。
草の根ネットはなくなり、全てWWWに統一され、高校2年生の春にimodeが開始された。
『カラー液晶の形態なんかはやらない』という父親の声を今でも覚えている。
ドコモのDのフリップがカラー液晶のモデルを出すと、瞬く間にそれらは浸透した。
j-phoneがカメラ付携帯端末を出すと、其れも瞬く間に浸透した。今やカメラのついていない端末なんかあるのか。
盗撮が問題になり、シャッター音が必ず着くようになった。
田代が流行った。

Platoronical White Paper - 82世代 (via nakano) (via fukumatsu) (via yyuu) (via jinon)

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